こんにちは。スモーク・エース直営店、店長のご紹介です。

ほりきり

コージー店長こと穴井浩児です。

この写真は宮崎県でコージー店長が一番美しいと思う場所,堀切峠です。

太平洋のキラキラした海は一番落ち着く場所で会社から車で15分ほどで着きます。 落ち込んだ時などこの海を見ると心が穏やかな気持ちになります。

そんな自然豊かな宮崎県に、私達スモーク・エースがあります。

少年時代は野球

こんな感じで今まできました

1971年8月29日 福岡県生まれ

1976年両親の仕事の関係で宮崎に移り、学生時代を過ごす

1980年音楽家である父の周りに集まる個性的な大人達に囲まれ多感な幼少時代を過ごす。 夢はジャイアンツの選手。王選手をこよなく愛する少年時代

1982年~ 近所に住む友人に誘われ硬式テニスを始める。

1988年~1990年そのままの流れで高校時代は完全にスポ根テニス一筋。 イメージとは裏腹の軍隊式の世界に身を置き、少々疑問を持ちながらも突き進む。

インターハイにも出場し、将来は体育の先生になるのではないか? とささやかな 勘違いをするも当時の日本チャンピオンの選手に力の違いをまざまざと見せつけられる。 自分の才能の限界を見切った高三の夏・・・切なかった

ジャカランダ

何か一からスタートしたいという気持ち

1990年春 その一心で渡米。(幸運にも知り合いの娘さんが海外で頑張られているという話を聞き) 一気に夢が広がる。 周りの友人にも『なんで?』と言われ、どうせすぐ帰ってくるだろうと思われていたらしいです。

世界で一番素晴らしい場所にたどり着いた

カリフォルニアがどこにあるか分からない田舎者だったが、着いた途端,その広大さと可能性に出会ったぞ! という幸せ感の中勉強に目覚める。朝から晩まで図書館に通う日々。

写真はジャカランダの花。日本が恋しくなった時に桜の代わりにこの花を見ていました

1993年  カリフォルニア州立大学フラトン校国際経営学部を卒業した後、そのまま米企業へ入社。 バイヤーとして4年を過ごす。このままここで暮らそうと思っていた矢先、両親に電話し、 母親が弱っているという父親の言葉に驚く。長男である事を再認識。そのまま帰国を決める

その時,スモーク・エースは宮崎空港直営店を出店するか断念するか? 会社としても将来を決める苦渋の決断をするターニングポイントだった。

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日本の食ってすごい!うちの製品ってすごい!本気で感動

鶏炭火焼

久しぶりに食べた当製品の味に感動

1997年3月帰郷し、実家の有限会社スモーク・エース入社。 母親は本当に弱っていたのだろうか?という程みるみる元気になる。

今まで製品開発からお客様の手に届くまで全て自分たちの手で行う自社製品を販売した経験がなかったので、 その価値に改めてすごいと思った。帰国して数週間後、宮崎の焼酎のアテに当炭火焼を食べた時、しみじみ思った。

こんなにおいしかったのか・・・

色々な思い出が一気にフラッシュパックした。普段思い出さないような懐かしい友人の顔も思い浮かんだ。

私達の製品をこんな気持ちで体感しながらご家庭で食べられてるんだな。 お店で同じような感想を言われていたお客様の言葉をフッと思いだし確信しました

美味しいものは人を豊かにする。
忘れていた思い出も思い出させてくれる力さえある。
もっと、全国いや世界中の方に味わってほしい

ちょっと感覚はズレていたかもしれませんが(笑)、その頃から、 地方にいながらも全国、世界とつながっていたいという一心で インターネット販売という分野に強く興味を持つようになる

作りたての製品を情報発信して、お客様に発信する そして、食を通した末永い関係を続けていきたい。 これは今まで情報発信すらできなかった製造業にとって、新しい風だ!

アメリカに旅立ったあの日のように ワクワクしていたことを思い出します。

そして製造のことを学んでいきました

2002年8月・・・国家資格、食品衛生管理士を取得

2003年5月・・・食品の知識を深めるため、料理を習おうと探しているうちにイタリア料理店で6ヶ月働く事になる。 本業と半々で休みはなかったが、商品開発や食の提案など貴重な経験をさせて頂いた。 素人が18歳の子達にまじっての修行はホントきつかった。

なので得意料理はイタリア料理全般です。 顔に似合わずタルトなども生地から美味しく焼きあげます。得意料理はボンゴレビアンコです。 あさりの潜在能力に驚愕しました。

食+音楽は私達にとって外せない重要な要素です。

趣味は音楽です。というかマニアに近いです。独身時代ほとんどのお金をレコードにつぎ込んでいたと言っても過言ではないと思います。

オールジャンルOK 育った環境が音に囲まれていたので、意識的に食と一緒に音を楽しむ生活は素敵だと思いますし、豊かな時間だと思います。

食・音・空間

この3つは私の中のなくてはならないバランス感覚です。 その中の食の仕事に携われているのは今となっては大きな喜びでもあると思っています。

勤勉な日本人だからこそ、この3つを楽しめる文化に貢献していく事が私達の役目だと思っています。

写真はイタリアの食卓の一コマ。贅沢なわけではないが、豊かな時間が流れる。食と空間は切り離せない。

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インターネット販売の重要性を宮崎空港店で強く感じてきた。

2005年9月・・・たまたま出席した地元の講習会で独自ドメイン運営で成功されている人たちの存在を知る。 苦しそうだけどやりがいがありそう・・・ 独自ドメインの講習会で自分がすべき方向性をハッキリ定める

2006年2月・・・スモーク・エースのインターネット専門店炭火一番.comをオープン。 全て試行錯誤だったが、お客様が増えてくるにつれ、社員も喜びを分かち合うようになった。 インターネットでどのような情報発信ができるか?お客様の反応を参考にしながら試行錯誤する日々が続く

2007年1月・・・試練の年を迎える。3回もの鶏インフルエンザが宮崎県を襲う。 創業以来の外的危機、落ち込む売上げに会社の規模縮小を真剣に考え、社員に構想を話す。

2007年2月・・・その時に行った事。リアルタイムでインフルエンザや現地の状況などを、ブログで更新。 辛かったが、その時これからの企業にとってインターネットは絶対必要だという事を思い知った。

宮崎県知事のPR活動もあり、一転して宮崎ブームとなり製造現場はパンク状態になる。 3回目の鶏インフルエンザのわずか2週間後。忘れもしない2月11日。あの時の衝撃は一生忘れないだろう。

どんな会社?どんな人?どうして宮崎にいる?

めまぐるしい激動の中、ブロードバンドが急速な勢いで進化、 インターネットで買い物することはもちろん、存在自体も変化し始めていました。

自分達の事を伝えるために、ホームページに会社の情報を載せておけばお客様も安心してお店に来て下さる? 商品ページを印刷して、お店に買い物に来られる方も増えてきた。

娘さんに頼まれて、息子さんに頼まれて・・・ など離れていても情報が共有できるホームページの存在は身近になっていった。素晴らしいことだ。

その頃から、地方にいながらも全国、世界とつながっていたいという一心で インターネット販売という分野にさらに深く強く興味を持つようになったんです。

今でも原点は、アメリカ時代の親友が言った一事

インターネットって、何でもできるんだよ。

夢のある言葉だなぁ・・・と今でも思っています。

2007年9月・・・スモーク・エース直営店(宮崎空港店サイト)オープン。 コンセプトは宮崎空港店で出会ったお客様の接客は続いています。

2008年・・・やっと嵐のような日々も過ぎ、不思議に次から次に 色々な凄い方に出えることになり、自身の考え方も変わり始めるようになる。

特に京都イージーの岸本さん、高知の竹虎さんの仕事に対する姿勢を知ることができ インターネット店舗運営と実店舗はなんら変わりが無いという事を思い知りました。

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お客様が主役、スタッフ全員で取り組む店舗連動型にシフト

スタッフ

お客様の声を集める、スタッフ全員で共感する

それからの取り組みはよりお店を大切にし、数ある中からネットショップ、 実店舗を選んで下さったお客様を大切にする取り組みに力を入れていった。

2009年・・・ お客様の声プロジェクトスタート。 お客様の声のハガキ、メール、FAXなどを使いお客様の声を集めることに力を入れる。

自分達も驚く程に、喜びの声が連日届くようになった。

2010年・・・ スタッフと情報を共有するために、月一回の社内勉強会をスタート。社内コンペや話し合いによる勉強会の風景。

店舗レイアウトや季節商品、お客様のポラロイド写真など お客様の立場に立った接客、および製品開発を心がけるようになる。

同時に製造側も時代に合わせた対応の必要性を強く感じるようになりお客様の声から生まれた商品も誕生するようになった

2011年・・・ スモーク・エース直営店リニューアルオープン

激動の世の中で、原点に戻り美味しい食で幸せになって欲しいという想いのもとスモーク・エースの存在価値が輝いていくように頑張ります

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こちらもどうぞ。 スモーク・エースがどんな会社なのか?お分かりになると思います。 コージー店長

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